■ 定型パターンについて82018.3.25

あとで先走りと後悔して消去するかも知れないですが、私は以下のことが言いたくてくどくどしい議論を書き連ねてきました。

 運動パターン自体には正常も異常もない。
 内発的(遠心性あるいは固有感覚由来で)に姿勢の対称性を保つことは極めて困難である。

5にもどるという約束はどうなった?と言う人もいるかと思います。姿勢緊張の調整あるいは力学のところで肩甲帯の特性に触れるつもりです。

 本論にもどります。

 私は、通常では定型パターンによって造り出される固定軸がいわゆる「身体軸」の機能を果たしていると考えています。恒常的に重心を一定方向に偏らせることによって、それは結局重力とその反作用に拮抗する出力を発生し続けることによって得られる抵抗感覚が情報源となると思うのですが、姿勢と運動の恒常性を保つ方向性を得ているのだと思います。
 そしてそれに関連づけられる形で複数の課題遂行に必要とされる運動の組織化が可能となっているのだろうと言うことです。

 ただしそれは直立二足歩行を前提とした不安定な姿勢制御を保ちながら複数課題を遂行するための必要条件ではあっても十分であるとは考えられません。
まず、課題遂行に必要な感覚情報の簡素化あるいは省略(必要最小限にまでの絞り込み)を可能にする運動技能の熟練性が必要であることは先に述べました。

 そしてさらに不可欠であると思われるのは、その状況を俯瞰する、客観視する能力です。
 その俯瞰する能力は、当面する課題の進行状況を限られた感覚情報の推移からおおむね正確に把握することを可能にするはずです。
それは課題対象からの抵抗(反力)の推移を想定させてくれるはずですからコア情報に基づいたスキルの発揮が可能だろうと言うことです。
私はスキルの発揮には連続的なコア情報の探索が必要なので、治療場面での誘導ではその点に気を使うのですが、日常活動の範囲ではそれが省略されていると考えられるのです。

 そのように考えるといろいろな問題がすっきりしてきます。利き手、非利き手の問題は一応関連がつかめないと言うことで避けてきました。
 利き手は対象操作の最前線であるはずなのに、その利き手側が固定優先の緊張状態にある人がかなりいます。講習会によっては半数近くがそうであったように記憶しています。その人達の日常活動では特に姿勢調整の省略が起きていたと言うことです。
 あるいは両手動作では、紙を押さえてメモをとるなんて場面では、本来であれば治療場面やより負荷の高い?キャベツの千切りで押さえ手側の身体が可動性優位に転換するはずなのに非利き手に姿勢調整の痕跡が認められないなんてこともあります。

 しかし、一度獲得された運動スキルの発揮には、少なくとも重力下における外力と身体内部の力学に整合性さえ充たされているのであれば、そこに全身的な姿勢調整を投入する必要がないということです。

 もしそれが定型パターンの構築に関連しているのだとしたら、いわゆる正常な姿勢制御の根幹はそこにあるのではないかと考えことができると思います。


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