■ 定型パターンについて72018.3.1

くどいようですが、タフガイの歩容はどのように想像しますか?
体操選手のように歩いたらむしろ滑稽ですね。
癖のあるぶっきらぼうがぴったり来ると思います。
そうですね、私がこんなところに話を持っていくとしたら魂胆があるにきまっています。
定型パターンにつなげたいわけです。
そして歩容の定型パターン(健常者において認められる)と言えば「分回し歩行」だと主張してきました。
その歩容についての考察はまたの機会にさせてください。
 複数課題の同時遂行と定型パターンには密接な関連があると(因果関係についてはまだ結論づけていませんが)考えています。

 6までに複数課題の同時遂行が可能となる条件はその課題に向けた運動スキルの熟練が必要であると言うことと共に、それによって運動の組織化と継続のために必要とされる感覚情報収集に簡略化あるいは省略が可能になっているはずだと述べてきました。

 一方では、環境適応講習会では運動スキルを発揮するためにはそのコア情報を発見し捉え続けるように援助することの大切さを強調してきました。

 課題遂行がそれなりに達成されている場合には、何らかの形でその用件が充たされている(十分とは言えなくても)はずです。

 考えられることは迂回的な情報収集が成されているのではないかということです。おそらく複数課題遂行が同時的に1個人によって遂行されている状況においては、それらの行為間にはある相関関係が発生しているはずと考えますから(いくつもの打楽器を超高速で叩き続けるドラマーのように)、その相関関係の基調となるような変化情報を本来の感覚器官とは異なる情報源における変化の「共変」「共鳴?」(あるいはギブソンの言う不変項も当てはまるかも知れない)に求めることになるのではないかと思います。
ある事態の変化は直接には感じ取れなくても別の側面における変化と連動しているはずだという仮定において行為群が進行しているという仮説です。

 例えば、真っ暗闇でドアの鈎を空けるようなときには、当然手探りで鍵穴を探さなければならないわけで、そんなとき私たちの頭の中ではドアの構造と位置関係に関する視覚記憶が総動員されています。そして手触りだけではなくドアノブを確認するときの音、鈎が鍵穴周辺にこすれる音なども重要な情報源です。
新米の空き巣が忍び込む場合にはこれらの情報源を頼りにかなり時間を要すでしょうがもし、空き巣の熟練技能者(下調べをする)、あるいはその家の主人(慣れてる)でしたら、ドアに向かう通路の向き(壁伝いに歩いたとしても)と歩数から割り出して、あたかも見えているかのように鈎を射し込むに違いないです。

 もしこれまで述べてきたような仮説が実際の運動行動の解釈に当てはめることができるとしたら(私はそう思うのですが)、姿勢制御系はどのように骨格のアライメントを保ち、姿勢緊張の調整が成されているのかという疑問が浮かんできます。
少なくとも身体内部における力学的な動的平衡(変化し続ける)を保つための基準をどこに置いているのだろうかという興味です。

 やっと定型パターンと複数課題の同時遂行との関係に踏み込む前ぶりを終了することができそうです。


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