■ 定型パターンについて42018.1.24

 要するに健常者では、課題を甘く見て適当に行うときにはあえて姿勢緊張の変化は起こさない。
予期的姿勢調整は起こらない。
しかし、課題にまじめに向き合うとき、本来の運動スキルを発揮するので姿勢調整が起きてしまう。
そんな風に理解できるのではないかと思います。

 それにしても我々はそんなに不真面目に生活しているのだろうか?
さらに、本来の運動スキルというのは、幼児期に大人をまねて失敗を繰り返しながら身につけてきた日常生活の熟練技能は、成人して大人の身体を獲得した時点ではたいした意味を持たなくなったのだろうか?

 当たり前のことですが、そんなはずはないですね!

 人間としては新米の未熟練技能者と呼ぶべき幼児期とは違って、成人した我々の日常生活活動では単一の課題にどっぷりと浸りきると言うことはほとんどありません。
たとえば私の場合、学生時代にはまじめに授業に集中しているようなふりをしながら、別の科目の下調べ(内職)を盛んにやった物です。おそらく今の人たちも変わりはないと思います。
スマホをのぞき込みながら町中を闊歩するなんて言う人たちが社会問題にもなっています。
 もっとまじめな例もいくらでもあげることができます。
 要するに我々人間の運動行動は、労働はもちろん日常生活全般において複数課題を同時進行的に遂行していると言っても過言ではないということです。
例外はあります、運動競技を真剣に行っているとき、職人がその技を駆使しているとき、あるいは新しい運動技能を獲得するために練習しているときなどは単一課題に没頭していると言えるかも知れません。

 複数課題をそれなりにやりこなすにはそれらの遂行に熟達しているという条件を満たしている必要があるはずです。
 そして大幅な姿勢調整を必要としない範囲での熟練技能の発揮とはどのように理解すべきなのかという疑問が湧いてきます。


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