■ 132017.1.18

夢物語つづき

 運動の組織化が正常な、合理的な形で進行するためには、自己と環境との相互作用関係とともに、その時点での適応課題遂行時に受け止める外力の作用を取り込んだ姿勢調整が必要になる。

 そう考えてきたのだが、最近思うのは、それではそもそもどれだけ姿勢緊張が調整されれば完璧なのだろうかという疑問だ。

 仕事柄、健常と言われる人たちの身体活動を数多く観察する機会を得てきたのだが、関節の可動域や筋力、運動の洗練度いずれも個人差が甚だしい。
つまり、健常と判定するのには首をかしげたくなるような水準の人もいれば、ごくまれにはほれぼれするような身体能力を見せてくれる人もいる。
それにもかかわらず、日常活動は誰もがそれなりに滞りなくこなせているはずなのだ。

 運動行動の目的達成度を少し厳しい目で観察すると、やはりそれぞれの身体能力を反映して差異が存在する。(要するに生活の価値観における納得というところだろう)

 個人の活動状態を考えても、あらゆる意味で調子の良いときもあれば悪いときもあるのであって、誰もが「自分は本気を出せばもっと高い能力が発揮できるはずだという、あるいは少しトレーニングすればもう少しましにできるに違いない」という無意識の自己暗示による納得があるはずだ。

 ところで繰り返し述べてきたように、私が、治療手技の工夫や指導、それに伴う姿勢緊張の観察、分析を行ってきた全ての対象者の姿勢緊張には明確な非対称性が観察された。

 私はその状態を「定型パターン」と呼んできた。

 この現象には、データによる統計的な検証の裏付けがあるわけではないのだが、実践的な議論を進めるのには便利なのでそのまま使用している。

 私はこの現象の由来はおそらく直立二足歩行における身体機能を発揮する上での姿勢戦略の根幹的な部分であろうと考えている。

 これまでに行ってきた講習会では先に紹介した三つの「実験」の他にもさまざまな形でこの現象「定型パターン」の確認を提示してきた。

 その内でも最も簡便な確認方法は次の二つの実験だ。

1.モデルには何らの事前説明を行わずに、固定優先側の耳の穴に息を吹きかける

 当然モデルは極端に驚くことになる。結果としてはこのことによって瞬間的に姿勢緊張の非対称な特性は完全に転換する。

2.モデルに自然なスピードで歩行してもらい、タイミングを計って運動性優先の側の脚が踵接地に入る瞬間で急停止を求める。

 1.と同じ結果が確認できる。

 

 


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